「初めに、ことばがあった。
ことばは神とともにあった。
ことばは神であった。」
ヨハネ 1:1
聖書では、はじめに神が言葉によって、この地球も、宇宙も、人間も
創られたということが書かれています。
それは、まさに命を生み出す、愛の「ことば」だったように思います。
私たち人間の言葉であっても、言葉には力があって、人を生かすことも
できるし、極端な話、殺すこともできます。
ありがとう、うれしいな、よかった、好きだよ、いいね、もー最高!
...なんて言葉を、たとえ意味はなくても、ただ繰り返してみるだけで、
気分は変わってくるものです。
逆に、嫌だな、嫌いだな、面倒くさい、サイテー、うざい、死ねば...
こういった否定的な言葉を繰り返していると、何も悪いことがなくても、
なんだか人生全体、暗い嫌な気分になってきませんか?
しかし、私たちは、ただ偶然、偶発的に、なんとなく存在しているわけでも
無価値で、最悪、最低な存在として、生まれてきたわけではないのです。
クリエイターである神の明確な意思、目的、愛...、はじめに「ことば」があって、
存在しているわけです。
ヨハネは、その「ことば」そのもの、その根源を、イエスという存在の中に
見出していったのです。
「すべてのものは、この方によって造られた...
この方にいのちがあった。
このいのちは人の光であった。」
ヨハネ1:3~4
私たちは、普段、どんな言葉を発し、どんな言葉を聴いているでしょうか。
決して、いい言葉ばかりとは限りません。
それを避けて生活することも、現実的に不可能でしょう。
しかし、であるからこそ、人を生かす愛の「ことば」を多く聞いていきたい
ものですね。
「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。」
見よ...、それは非常によかった...!!」
創世記1:31
竹下先生













