「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。」
マタイ11;28
イエス・キリストは私たちに安息を与えてくださいます。
それはこの世が与える安息とは全く違います。
キリストの安息は全ての人間にとって、本来、なくてはならない安息です。
私たちがキリストの与える安息に入ると、全能の神が私たちのために働かれます。
私たちが安息せず、すなわち神を信頼せず、もがき葛藤しながら自己努力で
事を成そうとするとき、神は休まれるのです。
では、キリストの安息とはどのようなものでしょうか?
聖書の中に多くの事例があります。
イエス・キリストは十字架の死の苦しみのなかで、母マリアを弟子に託し、
私たちの罪の許しを求めて、父なる神に祈りました。
(ヨハネの福音書19章、ルカの福音書23章)
十字架のむごい死に際しても、キリストは安息を持っていました。
これがキリストの安息です。
父なる神はキリストを死と陰府の力から解き放ち、三日目に復活させました。
キリストの使徒パウロとシラスは、信仰のゆえに捕らえられ、投獄されました。
獄中、恐れず喜びをもって賛美歌を歌いました。
彼らは安息を持っていたので、神は大地震を起こし牢獄の扉を開けて
解放しました。
(使徒の働き16章)
ダニエルは捕集となったバビロン帝国で、若いときから王の側近として
重用されました。
ある時、政敵の陰謀で、重刑を科せられライオンの穴に投げ込まれて
しまいました。
ダニエルは安息を持っていたので、恐れることも慌てることもありませんでした。
神は天使を送り、ダニエルはライオンのそばに居ながら何の害も受けませんでした。
(ダニエル書6章)
キリストは人間の根源的な安息、霊の安息を持つように全ての人を招いています。
この安息を持つ人は、重荷や恐れから解放されるだけでなく、
神の全能の力を引き出すのです。
招きに応えて、キリストのもとに行きましょう。
ただ、キリストを救い主と信じ受け入れるだけで、この安息をいただくことができます。
ヨセフ






































