「この人素敵だな」と私が思う人達には一つの共通点がありました。
それは、苦労してきてるという事です。
事業の失敗や、身近な人の死、病気、事故、非難、中傷、迫害、災難。
人によって試練は違います。
でもキラリと光る品性を持った人達は、必ずその人生のどこかの段階で大きな障害を超えて来ているのです。
成功から成功への人生。
明るく輝く失敗無し&悩み無し人生なんてあり得ません。
神様は、試練を与えられる方なのです。
わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。(ヨハネ15・2)
ぶどうを育てる人は、「刈り込み」の作業の重要性を知っています。
ぶどうの実がなりはじめると、それに応じてまわりの枝も育ち始めます。
枝が育つと、十分な養分がぶどうにいかなくなるそうです。
だから、周りの枝を、「刈り込む」。
これは言わば、実を結び始めたぶどうだけが得られる特権なんですね。
「Broken for a Purpose」(砕かれる目的)という本の中で、著者のGisela Yohannanさんはこう書いています:
A teacher can teach only what he himself has studied.
教師は、自分が学んだ事だけを教える事が出来る。
Remember, when you ask God for greater use in His kingdom,
you are asking for a greater level of suffering to qualify for the job!
あなたが神に大きく用いられる事を願うとき、それはその仕事をまっとうするために、より多くの試練を通る事を願うことなのだ。
The more God used someone and the higher his position,
that much higher and more intense was the level of suffering
and brokenness.
神が人を大きく用い、高いポジションに置く時、そのポジションに応じて、試練や砕きも激しさを増してくるものなのである。
私は神様に、痛みを通らないで大きくして下さいと願っていました。
砕きを経験しないで成長したい。
スムーズに、スマートにその目指すポジションに最短距離で行きたい、そう願っていました。
でも本当は、そんなのありえない話でした。
大きく用いられるほど、大きな障害に直面する。
砕かれる。
刈り込まれる。
ニューヨークで2万人の教会を導くA.R.Bernard牧師は、言います:
Whenever you go through a crisis, you experience a change in theology.
You begin to see God in a different way.
あなたが困難を通り抜けるとき、自分の中にある神学ががらっと変わる事を経験するだろう。神を見る観点が、前とは異なったものになるのだ。
困難を通れば通るほど、
砕かれれば砕かれるほど、
大きく音を立てて今まで自分が持っていた神概念変化する。
神様の理解が前より一歩成熟したものとなるんですね。
私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。
信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。
その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、
何一つ欠けたところのない、成長を遂げた完全な者となります。(ヤコブ1・2-4)
松本務






































