コミュニケーションに欠かせないものは、「発信」と「応答」です。
まず何らかの情報の発信があり、受け手はその情報を受け取ります。
そしてその内容を理解、または感じ取った上で、その反応を相手に返します。
どちらかが欠けてしまえば、もはやコミュニケーションとは言えません。
この2つの要素は、神と私たちの関係にも全く同じことが言えます。
神の霊感によって書かれ、今なお生き続ける聖書は、私たちへ贈られた神からのメッセージです。その神のことばが、何千年という時間と空間を超えて、今も私たちに働きかけているのです。
神のことばである聖書を読むとき、私たちは神から何を期待されているでしょうか。
それは「応答」です。
神の「発信」に対してどんな反応をするのか、神は関心を持って見ています。
人と人の関係の中でも、誰かに話しかけて反応がなければ面白くありません。悲しくなることさえあるかもしれません。
神もまた、私たちと対話することを望んでいます。
この神との対話は3つのステップに分けることができます。
①読む
聖書を1章ずつまたは区切りの良いところまで読み、少し立ち止まってみことばに耳を傾けます。
読むだけでなく、神のことばを聴く、または感じるという姿勢も大切です。
ストーリーやあらすじを読み急ぐことはしません。
②受け止める
その神のことばから、神が自分に対して何を語ろうとしているのかを深く思索します。
ここが重要です。私たちに個人的に語られているという意識が絶大な変化を生みます。
神からの知恵や助言、新たに行動すべきこと、自分が避けるべき罠や罪など、神のことばから得られることに思いを巡らせます。
③応答する
自分が感じたこと、得られたことを神に応答します。この応答によく用いられるのが祈りです。
祈る内容は自由ですが、感想や教えられたことへの感謝や、神のことばにあるように行動していくことができるように、また疑問があればそれを理解できるような知恵が与えられるように、といった
ことを神に祈ります。
イエス・キリスト自身も、40日の断食の後でサタンの試みを3度受けましたが、神のことばを心にたくわえて自分のものとしていたので、いずれの場合にも「みことばにはこう書いてある。」と聖書の箇所を引用し、サタンの攻撃を退けました。(マタイ4・1-11)
この神との対話を通して、知恵と知識に富んだ神からのメッセージが心にたくわえられていきます。神の力が私たちを内面から新しくさせ、道がまっすぐに成功へと進んでいきます。
幸いなのは、神のことばを聞いてそれを守る人たちです。(ルカ11・28)
鈴木陽一






































