受けるより与える方が幸いである(使徒の働き20・35)
聖書では、こんな生き方を私たちに提示しています。
一般的に、お金は額に汗して苦労して得るものという認識があります。
もちろん勤労は尊ばれるべき素晴らしいことです。
しかし、苦労して得たものだからこそ、そこに執着が生まれ、「自分の」お金にしがみついてしま
うということがよくあります。
それが行き過ぎると、信頼できるのは自分だけ、お金だけ、という生き方に陥ってしまい、神との関係が弱まってしまいます。
神は、私たち一人ひとりにあらゆる恵みを豊かに与えることができる方であると聖書には書いてあります。
私たちが今持っているものはすべて神から与えられたものです。
私たちが自分自身やお金だけを信頼し、そしてそれに執着するとき、神は寂しく思っています。
神は幼子を持つ父親のように、もっと人(子供)に信頼してもらいたいと思っています。
イエス・キリストも、親しみを込めて神を「父よ」と呼んでいました。
神は、私たちと二人三脚で人生を歩みたいと思っています。
与えるということは、自分の利益だけでなく、他者の利益をも求めることです。
自分が神から与えられたものの一部を他者と分かち合うことで、自分が今持っているものは、自分の思う通り、自分のためだけに使うべきではないと知ることができます。
そこに神への感謝が生まれます。
そして神がすべて必要なものを与えてくれるということを信じて行動する時、神への信頼が増えていき、神との関係がより密接になります。
ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。(コリント人への手紙 第一9・7)
喜んで与えるという私たちの姿勢を、神は愛してくれます。神が私たちをもっと愛してくれるからこそ、「与える方が幸い」になります。
国際ナビゲーター 鈴木陽一






































