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キリストの与える平安
2010年6月14日

 数年前、アメリカで絵のコンテストがあったそうです。

 「平安」というテーマで募集され、たくさんの応募作品がありましたが、その中の2つの絵が最後の審査まで残りました。

 1枚目の絵は、静かな夜の絵です。

 それは、「木に囲まれた湖の上に月の光が反射している絵」でした。

 波一つない、鏡のような美しい湖です。いかにも平安という感じがします。

 もう一枚は、一見平安とはほど遠い絵でした。

 大嵐で稲妻もゴロゴロ光っています。

 海の波がバシーンっとぶつかって波しぶきが高く舞い上がる崖の上で、親鳥がひなをぎゅっと抱きしめている、そんな絵です。

 あなたが審査員だったらどちらの絵を選びますか?

 ヨハネによる福音書14章27節には、キリストが私たちに与えて下さった約束が書かれています:
 
 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(ヨハネ14・27)

 これはキリストが十字架にかかる前の晩、弟子達に与えた約束です。

 この箇所から、3つのことが分かります:

 1. キリストが与えてくれる平安があるということ。

 2. それは、この世が与える平安とは違うということ。

 3. その平安を持つと、心を騒がしたり、恐れたりする必要が無いということ。

 一枚目の絵は、この世が与える平安だと思います。それは問題が起こらないことによって保たれる平安です。

 病気さえならなければ、安全さえ保たれればという条件付きの平安。外から見たら一見幸せそう、一見平和そのもの世界。

 でもこの「平安」は、そこにふっと問題が現れる時とたんに吹き飛んでしまう、そんなもろいものではないでしょうか。

 この波一つない静かな湖にひょいと石ころを一つ投げたらどうなるでしょうか。

 とたんに水しぶきが舞い、湖が揺れ、今までの静けさが一気にかき消されます。

 小さな石ころ一つでたちまちその絵の静寂さはくずれさってしまうのです。

 反対に、2枚目の絵は、キリストが約束された平安だと思います。

 この世界に生きていると問題は必ず起こる。もうどうして!って叫びたくなるようなことも起こる。

 でもどんな荒波が押し寄せたとしても、たとえどんな大きな稲妻が鳴り響いたとしても、この腕の中にいるなら私は絶対大丈夫。

 絶対に守られている。そういう確信を持つこと。それこそが本当の平安ではないでしょうか。

 私たちをぎゅっとその手の中に抱きしめて、飛んでくる石から、雨から、稲妻から守って下さる神様がついている。

 キリストの下さる平安は、「問題が無いことによって成り立つ平安」ではなくて、「問題のただ中にあって保たれる平安」なのです。
 
 主は、ご自身の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。(詩篇91・4)

松本務