「神の恵みが、あなたがたの上にあるように。」
聖書では、このように神の豊かな恵みが相手の上にあるように祈り願う表現が多く出てきます。
天から降り注ぐ柔らかな光のように、神の恵みが私たち一人ひとりに豊かに注がれている、それが聖書のメッセージの中心でもあります。
神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。(2コリント9:8)
神は、私たちの人生のあらゆる場面において、そして過去・現在・未来に至るまで、恵みを与えて下さっていると聖書は言っています。
あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。(詩篇63:3)
これは、イスラエルの国王ダビデが神を褒め称えて口にした言葉です。神からの恵みが「いのちにもまさる」ので、神を賛美するのだとイスラエルの国王であったダビデは記しました。
神からの恵みを、人はどのように体感することができるでしょうか。
一つの糸口は、いま私たちが持っているものに目を向けることです。
特に、自分の力だけではなく持っているものです。
無償の愛を注いでくれる両親、素晴らしいパートナー、可愛い子ども、励まし合える仲間、そしてこの肉体。私たちに与えられている者は、実はたくさんあります。
この一つひとつが、神からの恵みです。
ただ、つらい苦しみ、悲しみのうちに沈んでいる時、恵みを感じることはむずかしいこともあるかもしれません。
ところが、イエス・キリストに従って生きた使徒パウロは、そのような逆境の最中にあってもそれを喜ぶと言っています。
それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。(ローマ5:3-4)
どんな困難の中にも、そこに希望を見出すことができる。
目の前のつらさに嘆くばかりではなく、その先にある希望の光をその手につかむことができる、それが、キリストの弟子として歩むということです。
そしてその希望を見出すことのできる信仰も、恵みから来る(ローマ3:24)ものです。
神の恵みが、あなたの上にもありますように。
国際ナビゲーター
鈴木陽一






































