私は高校生の時、憧れていた俳優が一人いました。
ものすごくかっこ良くて、芝居も上手で、人を引きつける魅力を持っていました。
大学生になると、ビジネス界の凄腕社長に憧れるようになりました。
彼の本を読みあさり、この人みたいな考え方して、この人みたいな生活したい、この人みたいな生き方したいって思いました。
社会人になった今、私が高校生の時に憧れていた俳優はもうテレビに出ていません。
大学生の時憧れていた社長は不祥事を起こして捕まりました。
彼らに対する私の熱も全然持続しませんでした。
時が経つにつれて興味が移り変わるからです。
人の興味の持続性は年々短くなってきているのではないかと思います。
こんな時代にあって、真の影響力とは何かと考えます。
後世に自分の名を残したいという欲望だったり、自分の人生かけて学んできたことを分かち合いたいという純粋な気持ちであったりと、動機は異なるかもしれませんが、多くの人が、多かれ少なかれ他者に対して何らかの影響を与えたいと思っているのではないでしょうか。
一時的に人を惹きつけて魅了することは可能です。
テレビに出てくる俳優、アイドルは熱狂的なファンを作ります。
若い女性アイドルは女子高生に、男性俳優は男子学生に多大な「影響」を与えます。
しかし、その影響が果たして持続するかというとそんなこと全然無いのです。
数年、あるいは数ヶ月も経つと熱も覚め、「あ〜あんな人もいたよな」と過去の人になっていくのです。
彼らの人生に大きな影響をまるで残さずして、時の人となって消えていってしまうのです。
人は変わります。
自分も変わります。
自分自身から出てくるもので他者に影響を与えようとしても、それは一時的なもので終わってしまうのです。
となると、本当に後の世界に続いていく真の影響力とは、自分自身から生まれてくるものではないということが見えてきます。
人の人生を変えるほどのインパクトをもたらす影響力は、変わることの無い真理によって生み出されるのではないでしょうか。
時代が変わっても地域が変わっても、決して変わることのない普遍の真理。
それが聖書の価値観、それがイエスキリストです。
2000年前、イスラエルという小さな国のベツレヘムという小さな村に生まれたイエスキリストは、時代を超え、地域を超え、まったく文化の異なる現代の日本にまで届いてきています。
いまだに人々の人生に多大な影響を与え続けています。
なぜでしょうか。
それは彼の生涯が途絶えることなく伝えられてきているからです。
2000年もの間、バトンを落とすことことなく伝えてきた人たちこそ、真の影響力を持つ人たちと言えるのではないでしょうか。
普遍の真理には力があります。
その真理を携えるとき、人は真の影響力を持ちます。
その影響力を持った人によって時代はつくられ、真理は受け継がれていきます。
他の人に生涯続く価値のある影響を与えたいと思うとき、私たちは、真理を持って影響力を発揮していく以外に方法はありません。
真理であるイエスキリストと彼のメッセージ。
この火を次の世代に伝えていくのは私たちの使命なのではないでしょうか。
松本務






































