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昔から風は神の息と言われてきました。また聖霊(神の霊)は風とも言われています。
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ヨハネ8:32

どこの宗派にも属さず、宗教という形式ではなく、自由でのびのびとした視点で解説しています。
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(ものみの塔・モルモン教・統一原理とは無関係です)
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生ける水
2011年4月21日

今日は、聖書に出てくる「水」について考えてみたいと思います。

詩編1にはこうあります。

幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると、実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。

力強い聖書箇所です。

これを私たちが本気で信じたらどうなるでしょうか。

この御言葉を本気で信じ、神のことばを口ずさむ人生を送る人には何が待ってるでしょうか。

その人は、何をしても栄えると書いてあるんですね。

栄えるとは、金銭的に祝福されるってだけの一面的な栄え方ではなく、人生のあらゆる面で豊かになるということ。

しかし私たちがきれいな水の無い所に植わったとき、その時私たちは枯れてしぼんでいってしまうのです。

聖書では、「水」は、「ことば」を表すそうです。

聖書に出てくるのは3つの種類のことば、

神の言葉、サタンの言葉、そして私たちの言葉。

3つの言葉の間には常に戦いがあります。

サタンの言葉は、神の言葉に敵対し、私たちの言葉も往々にして神の言葉に敵対します。

聖書には、サタンのささやきを、「洪水」や「泥沼」として表現している箇所がよく出てきます。

詩編69・1、14

神よ。わたしを救って下さい。
水が、わたしののどにまで、入ってきましたから。
私は大水の底に陥り、奔流がわたしを押し流しています。
私を泥沼から救い出し、私が沈まないようにして下さい。

同じように私たちのことばも、「水」と聖書であらわされている箇所があります:

箴言18・4

人の口のことばは深い水のようだ。

わたしたちが神の言葉に浸っていないと、サタンの言葉に惑わされ、私たちの深い水が、洪水や泥水にやられてしまうのです。

神のことばだけが、サタンのことばに太刀打ち出来るもの。

私たちはそこまで賢くないからです。

わたしたちの知恵や頭脳でなんとかなることじゃないのです。

神の言葉にすがること。これが鍵なのですね。

サタンのことばが「洪水や泥沼」であるのに対して、神のことばは「いのちの水」と表現されます。

ヨハネ4・14
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。

キリストを受け入れるとき、自分の中に永遠のいのちへの泉がでます。

その泉は、天国に続く泉です。

私たちの深いところに流れる水が、永遠のいのちへの泉となり、

その泉が流れるとき、私たちは内側からきれいになっていくのです。

キリストのいのちの水が私たちのうちに流れ出ますように。