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昔から風は神の息と言われてきました。また聖霊(神の霊)は風とも言われています。
聖霊は吹きたいところを吹きます。
WIND DESIGNは風の吹くまま、知恵の宝庫であり、祝福のもとである聖書に書かれている言葉を紹介・配信するサイトです。
全て必要なことは聖書の中に書いてあります。
「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
ヨハネ8:32

どこの宗派にも属さず、宗教という形式ではなく、自由でのびのびとした視点で解説しています。
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(ものみの塔・モルモン教・統一原理とは無関係です)
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イエスが何とかしてくれる
2011年11月16日
必死に、何かを求めて行動したことがあるでしょうか。

イエスは、必死に願い行動する人に、手を差し伸べてくれます。

信じる心に突き動かされた必死な行動に、神は必ず報いてくれる方であることを聖書は約束しています。

次のようなエピソードが聖書に記されています(マルコ2:1-12)。

イエスがカペナウムという町に滞在していることが知れ渡った時、一人の中風に苦しむ人が、四人の男に担がれて、イエスの元に来ました。

イエスは病気を直すことができるという噂が、辺りに広まっていたからです。

四人は、イエスの前に中風の人を連れて行くことができれば、病が癒されるのではないかという希望を抱きました。

床のまま担いでイエスのところに運んだぐらいですから、四人にとって、この人がとても大切な人であったことが伺えます。

さて、実際にイエスの元に到着すると、あたりは人でごった返しています。

民衆はとても家に入りきる人数では収まらず、戸口のところまですきまもないほどです。

中風の人を担いできた四人は、驚き、失望したかもしれません。

どれだけ待てばイエスに会えるのだろう。

こんなにたくさん人がいては、いつまでも会えないのではないか。

せっかく5人でこここまでやってきたのに・・・。

そこで彼らはどうしたか。

列に並んで順番待ちをすることでも、民衆をかき分けて強引にイエスの元に病人を連れて行くことでもありませんでした。

なんと四人は、病人を担いで、その家の屋根にのぼり、イエスがいるあたりの屋根を剥がして、穴をあけて、そのから中風の人を寝かせたまま吊り下ろしたのです!

そしてイエスのそばに近寄ることに成功した中風の人は、イエスのことばで癒され、自分の足で歩いて帰ることができました。

病人を担いだ四人の人の圧倒的な行動力にまず驚かされます。

他人の家の屋根に上って、屋根を剥がして病人を吊下ろすという発想は、普通はなかなか出るものではありません。

彼らの一見無謀とも言える行動は、どこから来たのでしょうか。

それは、信仰でした。


イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。
(マルコ2:5)



イエスは、5人の行動の中に、信仰を見ました。

熱意や大胆な行動、言葉ではなく、信仰を見ました。

なぜここでイエスは「信仰を見」たのでしょうか。

イエスが言う「信仰」とはどういうことでしょうか?

信仰を理解する助けになる一つの聖書箇所があります。


信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。
(ヘブル11:1)



つまり信仰は、「希望を確信させるもの」、と聖書は言っています。

5人は希望を抱いていました。

それは単なる希望ではなく、確信となって大胆な行動へとつながっていきました。

それはやがて信仰となり、イエスはその彼らの信仰を見て、彼らの願いが叶えられました。

何かを必死に求めて行動するとき、心にイエス・キリストを迎えましょう。

イエスなら何とかしてくれる!

その希望が確信に近づく時、神はあなたの内に信仰を見ます。

そしてその信仰によって、神は偉大なわざを私たちの身に成し遂げてくれるのです。


国際ナビゲーター
鈴木 陽一