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神様の心
2012年1月27日
今日はヨナ記のお話です。

預言者のヨナは、神様から、ニネベと言う町に行って、神様の前に悔い改めるように叫びなさい、と言われました。

(預言者とは、神の言葉を伝える者。予言とは異なります。)

でも、ヨナはそれを無視して、タルシシュと言う町に向かいました。

ヨナがいた所から、ニネベは内陸部。

タルシシュに行こうとしてヨナは船に乗ったわけですから、全く反対方向に向かったわけです。

「いい根性してるな~」とか思いながらも、私は実は、ヨナの気持ちが少しわかるような気がするのです。

ニネベと言うのは、当時のアッシリア帝国の首都で、そこに行くというのは、自分の愛する国を征服し、自分の神様を冒涜し、自分の同国人を大量に捕虜として連れ去った国のど真ん中に行くことなのです。

ただ行くだけでなく、滅びないように警告しに行かなければいけないのです。

正直言って、私だったら、「まあ、滅びればいいじゃん。」とか思ってしまうわけです。

ヨナが実際にそのように思ったかはわかりません。

けれども、とにかく、ニネベに行くつもりはなかった。

そこで神様は嵐を起こしました。

海は大荒れに荒れて、船は沈みそうになりました。

結局ヨナは、自分がそのまま乗っていると、船に乗っている他の人たちも道連れにしてしまうことがわかり、自分を海に投げ入れてもらいます。

そして、神様は、大きな魚にヨナを飲みこませ、ヨナはその魚の腹の中で三日三晩過ごします。

ここで、話しが終わってしまうと、「神様の言うことには従わなければいけない」、と言う話になるのですが、ヨナの話はここでまだ終わらないのです。

ヨナは、ニネベに行って、「もう四十日すると、ニネベは滅ぼされる」と神様の裁きの警告をします。

それを聞いた、ニネベの人達は、なんと、あっさり悔い改めてしまったのです。

それも、王様から、身分の低い人まで。

神様はそれを見て、裁きを下すのをやめました。

ここで話しが終わってしまうと、「悔い改めるのは良いことだ」とかいう話しになるでしょう。

また、神様がちょっときまぐれに思えちゃったりもするかもしれません。

ところが、まだここでも話は終わらないのです。

ヨナは機嫌をそこねました。

こんなに簡単に彼らが悔い改めて、神様が裁きを思い直すんだったら、何で自分はあそこまで苦労しなきゃいけなかったんだ、というのです。

で、彼は、神様の前に思いっきりすねました。

3歳児のようにすねました。

ふてくされて寝ていると、神様は、とうごま、という植物を生えさせ、その葉がふて寝しているヨナの上に覆うようにされました。

強い太陽から丁度よい影ができて、すねていたヨナも、機嫌が良くなりました。

ところが、それから、おちゃめな神様は虫を送り込み、その虫がその植物を食べて枯らしてしまったので、ヨナは、また照りつく太陽の下に戻ったのです。

ヨナは、またすねました。

ここで、神様の言いたかったことが登場します。

ヨナ記は、この神様の言葉でその幕を閉じます。

「あなたは、自分で骨折ったわけでもなく、自分で育てたわけでもなく、一夜で生え、一夜で枯れてしまったこのつる草を惜しんでいる。

それなら、わたしは、それ以上にこの大都市ニネベに住んでいる12万余りの何もわからない人々と家畜を惜しまずにいられようか。」

これが神様の心です。

神様は、自分に逆らうものを容赦なく裁いて喜んでいる方ではなく、一人一人のことを本当に大切に思っているんです。

誰が死ぬのも喜ばないのです。

エゼキエル書でも神様はこう言っています。

「私は悪者の死を喜ぶだろうか。

彼がその態度を悔い改めて、生きることを喜ばないだろうか?

・・・わたしは、誰が死ぬのも喜ばないからだ。だから、悔い改めて、生きよ。」


ひろこ