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昔から風は神の息と言われてきました。また聖霊(神の霊)は風とも言われています。
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全て必要なことは聖書の中に書いてあります。
「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
ヨハネ8:32

どこの宗派にも属さず、宗教という形式ではなく、自由でのびのびとした視点で解説しています。
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(ものみの塔・モルモン教・統一原理とは無関係です)
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通じ合う思い
2012年2月 3日
イエス・キリストが、病人を癒したり、奇跡を行うとき、ほとんどの場合、人に「あること」が、欠かせませんでした。

奇跡が起こされる時になくてはならないもの。

それは、イエスが奇跡を起こせるという期待、すなわち信頼です。

何としてでも、イエスに癒してもらいたい。

どうにかしてイエスに触れてもらいたい。

イエスならそれができる。

治してくれる。

何とかしてくれる。

そう信じている。

私たちの心からの信頼が、イエスの不思議なわざを可能にします。

お互いの思いが通じ合った時、奇跡が起きるのです。

聖書には、イエスが病人を癒し、悪人を追い出し、足や目の不自由な者が歩き見えるようになった話がたくさん書いてあります。

イエスは、病を奇跡で癒す前に、よくこう尋ねました。


「よくなりたいか。」
(ヨハネ5:6)


「わたしにそんなことができると信じるのか」
(マタイ9:28)


「わたしに何をしてほしいのか。」
(マタイ20:32)



イエスが、質問をするのは、その人が何を必要としているのか分からなかったからでしょうか。

誰でも、一目見るだけで、その人の必要としていることは分かるはずです。

それでも、あえて尋ねています。

私に何をしてほしいのか?

本当に私にそれができると信じているか?

イエスにそう尋ねられた人々は、口々に言いました。

主よ、直してください。

あなたは、それができると信じます。

どうかこの目をあけてください。

そして、奇跡がその身に起きました。

私たちとイエスの心が通じあった時に、奇跡が起きるのです。

これと全く対照的な出来事も起きました。

イエスが自分の生まれ育った町、ナザレに帰ったときのことです。

イエスは神の国の福音を伝え始めるまで、地元で大工として暮らしていました。

のちに宣教を開始すると、その教えと不思議なわざで有名になりました。

多くの弟子や民衆がイエスを慕い、つき従うようになりました。

その地方で有名になり、たくさんの尊敬と感謝を集めても、帰郷したイエスに対する人々の反応は、冷やかなものでした。

あぁ大工のイエスか、あそこのマリヤの子だろう、といったもので、イエスへの尊敬も、信じる心もありませんでした。

その時のイエスの状態が、聖書にこう記されています。


それで、そこでは何一つ力あるわざを行なうことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった。
(マルコ6:5)



イエスは、力あるわざを行うことが「できませんでした」。

「しなかった」のではありません。

ここは大切なポイントです。

人々がイエスに望み、期待し、本当に信じたその通りになるという信仰がなければ、イエスは力あるわざを行うことができないのです。

イエスと思いが通じ合うことで、イエスの奇跡がなされます。

信仰とは神に期待し、信頼することです。

そして、信仰によって、奇跡は起きるのです。


国際ナビゲーター
鈴木 陽一