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「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
ヨハネ8:32

どこの宗派にも属さず、宗教という形式ではなく、自由でのびのびとした視点で解説しています。
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(ものみの塔・モルモン教・統一原理とは無関係です)
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わたしはいのちのパンです
2012年11月 6日
イエスは言われた。

「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、
わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。
ヨハネ6:35



イエス・キリストは、自分のことを「いのちのパン」と言いました。

そしてそれを口にする者は飢えることがない、と。


「だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます」
ヨハネ6:51


いのちのパンであるイエスを食べる。

これは一体どういうことでしょうか?

文字通りイエスの肉を食べれば、もうお腹がへることもなく、もう何も食べなくてもよい
ということでしょうか。

それはちょっと気味が悪い話です。

これをよく理解するために、一つのことを知る必要があります。

この地上では、人の魂は肉体と霊によって生きるということです。

聖書は、人が肉体を持つ存在であると同時に、霊的な存在であると言っています。

私たちは、日々成長し、あるいは老いていく肉体を持ちながら生きています。

これは誰の目にも明らかです。

そして、人間は霊的な存在でもあるのです。

「霊的な存在」とは、人間が単なる肉体、物質や原子だけで成り立っているわけではない、ということです。

目には見えない、数字には表せない、理屈で説明できない、超自然的な存在というわけです。

なぜそういう存在であるかというと、何より神が霊的な存在だからです。

人間は、その霊的な存在である神に似せて創造されました。

神は土地のちりで人を形造り(肉体によるいのち)、「いのちの息」(霊によるいのち)を吹き込むことで人を人たらしめたのです。

聖書にこう書いてある通りです。


神である主は土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。
そこで人は生きものとなった。 
創世記2:7



イエスに戻ります。

イエスがここで言っている「いのちのパン」というのは、イエスが私たちの霊にとって食べ物である、ということです。

イエスは、私たちの霊にとっての最高の食べ物です。

なぜなら、聖書に書いてあるようにイエスは神だからです。

もともと霊的でもある私たちは、肉体が欲する食べ物と同時に、霊が欲する霊的な食べ物が必要です。

その霊的な食べ物は、先の創世記に書いてある通り、神から来ます。

つまり人は、本来神を抜きにしては生きていくことができません。

肉体のために食料が必要なように、霊的なエネルギーの源とも言うべき神とつながっていなくては、飢え死にしてしまうのです。

悲しいことに、アダムとエバがエデンを追い出されてしまった時から、私たちと神との間には隔たりができてしまいました。

神と遠く離れてしまったために、私たちの原動力とも言うべき霊の食料、霊的なエネルギーが入ってこなくなってしまいました。

結果、いくら肉体が満腹になっても、霊的には飢えたままです。

神以外ではそれを満たすことができないのです。

「いのちのパン」を食べる。それは、イエスを自分の心に取り込むということです。

それは、イエスとともに生きるということ。

それは、イエスによって生きるということ。

イエスのいのちが自分のいのちになるということです。

神であるイエスが、あなたのうちに生きるのです。

それは、永遠のいのちとなります。

肉体は滅びます。

でも、私たちの霊はいつまでも生きます。

イエスのパンを食べると霊が養なわれ、豊かなエネルギーが注がれます。

肉体と霊によって生きる。

それこそ、神が最高傑作として造った私たちの本来の姿です。

その時、あなたの本当のいのちが、鼓動をはじめます。


この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
ヨハネ1:4



国際ナビゲーター 
鈴木 陽一